昭和46年04月20日 春季大祭



 「親の思いを人知らず。親の思いを子知らず。神の思いを人知らず」と。御教え下さってありますがね、信心をさせてもらい、親の思いが分かり神様の思いが分からせてもらう神様の御思いが分からせてもらわなければ、お道の信心は出来んと思うのです。神様の御思いを分からせて頂く。為に様々な修行をさせて頂くというても良いと思います。神様の思いが分からなければお道の信心は出来ません。分からせて頂いたところを実意を持って、そのことに取り組ませて頂く。
 神様の思いが分からずにどんなに勤めましてもそれは、いわば検討違い焦点違いなのですから、いくら気張ったところで大したおかげは頂けんと思う。神様の思いを分からせて頂くために御教えを頂く。又は御教えを頂いてそれを行じさせて頂くところから、成程神様じゃなあ親神様じゃなあという親神様の思いが実感として、分からせて頂くようになる。私は今日始めて、春のご大祭の祭主を使えさせて頂きました。
 いつも親教会長、親先生、荒巻先生がご奉仕下さるのでございますけれども、ただ今ご病気の為に入院、療養中でおありになります。先日からもお見舞いにやらせて頂いたのですけれども、いつもと一つも変わりにならないような、お状態ですけれども、普通からいうたら、そのお医者さんがたまがる。人の四分の一しか血がない。ふつうならとても、まあある意味耐えられると言う事が出来ないけれども、親先生ご自身としては、大して、きつくもない。
 ベットにお座りになってから私共の前に座り一緒にお茶を頂いたり、お菓子を頂いたり、良い話をして下さる。「今度は大坪さんこんなわけだからあんたが祭主を仕えよ」と。「私がですが」ちいうて「大体あんたが仕えよ、祝詞だけ私が書いてやるから」と。「先生祝詞短こう読みやすかごつ書いて下さい」ち。というてから私は申しました。それで今日のあのお祝詞でございます。本当に私が無学なもので何も分かりませんから親先生が心配をして原稿に書いて下さった、お祝詞は全部かなづかいになっておる。
 今日もそれを読ませて頂きながら何遍絶句したかしれない。私はそのお祝詞を奏上させて頂きながら思うた。このお祝詞の中にまあいうならば、美言、美句とでも申しましょうか、美しいなるほど、もっともな、まあそうだなあといわなければならない立派なお祝詞が出来ておりますけれども、ね、私あの祝詞を奏上させて頂きながらその、例えば立派な文句の事よりも、私は親先生のお心を思うて感動したその喜びの方が神様は私は喜んでくださったと思うた。
 成るほどご造営の事も詠ってあります。世界真の平和、世界総氏子のいわば助かりの事が綴ってあります。素晴らしい。けれどもね、けれどもそういう例えば私は祈りの言葉よりもです、私が親先生のです、お心を思わせて頂いて、本当に親なればこそ。私が無学ですから、祝詞言葉が中々難しい。かなずかいしておっても間違かも知れん。それに一つ一つに丹念にかなずかいを送って下さっておる。
 親先生は今日は恐らく10時からベットの上で起き上がられて今日は大坪が祭主を使えてお祭りを奉仕しておりますから、神様どうぞどうぞと願い祈ってくださった事に違いはありません。私は読ませて頂きながらその読ませて頂く文句の実感よりもそう言う事を思わせて頂くほうが強かった。親の思いに添うことはできません。本当に親の思い子知らずで、親のいわば千万無量の思いも一つも分かりませんけれどもです、たまたまそういう親心に触れます時に感動させられます。
 いつでございましたでしょうか。もう十年にもなりましょうか。毎日お日参りをさせて頂いておりました。丁度、夕立がありまして、夕立があがりましてね、それこそ、清々しいある夏の午後の事でございました。お参りさせて頂きましたら、親先生が一心にご神前にお座わりになって、御祈念をなさっておられました。長い長い御祈念だった。私も後ろから、一緒に御祈念をさせて頂いておりましたら、やわら立ってみえられた先生が「大坪さん今私はこげな神様からお知らせを頂いた」と言われた。
 今日ね、久しぶりの夕立、お湿りの事を神様に心のそこからあつくお礼を申させて頂いていたら、「お湿りがありがたいなら、お日照りも又ありがたいのぞ」と頂く。私ともがいわば干ばつから干ばつと本当に一雨ここに欲しいと言う時にです、もうそれこそ、空をにらんでどうして降らんだろうかというような事を申しますが、そこにいわばお恵みの夕立がじっくり降った後に今日はおかげを頂いたと、これは誰しもがお礼を申し上げることですけれどもね。
 そのお日照りの中にもまた、神様の切に、いや止むに止まれぬ願いやら思いやらが込められてあっての事であって、私共人間は自分の都合のよい事だけがありがたいおかげだと思うけれども、お日照りあってのまたお湿り。お湿りあってのまたお日照り、どちらもなからなければ出来ない有り難い事。ですから、半分はお礼を申しあげて、半分は不足を言うという事になったらどういう事になるでしょうか。半分お礼を言うて半分不足を言うならばそれでは同じ事になります。
 皆さんそうでしょう。私は信心のね、お道の信心の一番大事な所はその辺だと思う。お湿りが有難いなら、又お日照りもまた有難いとお礼を申し上げられる信心。そういう生き方。それが私が今日始めに申しますように、「親の思いを子知らず、神の思いを人知らず」と。神様の思い神様のお心が分からぬ所から、お礼を申し上げねばならぬ所に不足を言うておるのでございます。不足をいうのだけならいいのですよ。
 不足を言うだけでは良いのですけれども、折角どうぞどうぞというて毎日お日参りをして教えを頂いて、信心生活をしておるようにありますけれどもです、半分お礼を言うて半分不足を言うたらどうなりますか。これではいつまで立っても本当のおかげになってこないと私は思う。そこでただ今申します、ように親の思いが分からなければならないと同時にね、神様の思い、神様のお心が分からなければならないのであります。神様のお心が分かるから、神様の心に添い奉れる生き方が出来るのであります。
 その神様の思いが分からずにどんなに、例えば修行を致しましても拝みましても、これはちょっと可笑しいですね。神様の思いが分からせて頂いて、そこから神様の思いに添い奉る、例えば自分が今思うておること、いうておる事、またはさせて頂いておる事が果たして神様の思いに添うことか、神様の願いにかなうことか。そこのところをいつも考えさせて頂く生活それが私はお道の信心だと思います。二三日前でした。朝の御祈念の時に、神の願いの中に没入すること、神の願いに没入して行くと言う事。
 それがお道の信心だと頂きました。神の願いに没入していく。だから没入しようとしても、神の願いが分かり神の思いが分からなければです、没入していくことはできません。どこに入っていっていいやら分からん。神様の願いが分かり、神様の願いに没入して行く、果たしてお互いの信心であろうか。今朝からの朝の御祈念の後に頂きましたご理解、もうご理解を頂きながら我ながらありがたい、ご理解だなあと思わせて頂いた。けれどもこれは、またとそのご理解を皆さんに聞いてもらうわけにはいかん。
 まあテープを頂いて初めてまあ、ああいう御理解だったなという事が分かるのであって、私自身も、ね、まああらあら分かっても今朝の朝のご理解をそのまま皆さんにお伝えすることはできませんけれども、ご理解に、「この方の道は傘一本で開けることができる道」だと。傘一本で開ける道だと。いと簡単にそう仰せられております。かと思うとすぐ次のご理解になる。上から下へ水を流すのなら、見易いけれども、下から上へ水を流すようなものであり、凡夫である為にですねそこがなかなか難しい
 。難しいけれども、辛抱して行くうちには、徳が受けられるという、ご理解がありますね。この方の道は傘一本で開ける道だと。と前の節で仰っておられるかと思うと、その次には上から下へ水を流すなら、これは見易いけれども、下から上へ流す。匹夫の凡人から開くのであるから物が難しい。また時間がかかる暇がかかる。けれども、その辛抱をしていくうちにですね、おかげが受けられると仰る。辛抱していく内に、徳が受けられると教えておられます。
 そこでです、なら教祖様が嘘を仰っておられるのではないのですから、その傘と言う事が問題になるのです。傘一本で開ける道。昔の先生方ね、布教に出られ、福岡の初代の吉木先生が小倉から福岡の地に初めてご布教に出られる時、まだ汽車がないですね。ご分身であるところを神様を背中にかろうてそして、福岡の地にご布教になった。その道すがらに背中の神様がね鳴り響く、響かれたと言う。福岡の地に、これから、いわば、難儀な氏子を取次ぎ助けられる。
 その働きをこの氏子がいわゆる、吉木栄蔵という先生がなさっておられる。道々にね、後に負うておられたお社が、鳴り響いたといわれております。というほどに神様が勇み勇み立ってござった。何もない、行ったからといってお家もない。お金があるわけでもない。くる日もくる日も小さいお広前に神前奉仕をなさって、もう髭は伸び放題。食べようと思うた食べ物もなくなった。お灯明をあげられようと思うても、油を買う金がない。その時に吉木栄蔵先生が思われた。
 大体がお侍のお家にお生まれになり、ご自身もやはり、二本差しのやはり剣道の達人で、おありになったと言う事でございますからねね、「自分の不徳の為に福岡の地にやってはきたのだけれども、人も助からず参ってもこん。そこでですいよいよ、これでは神様の御名に傷が付く。そこで神様に割腹自殺をして死んで神様に申しわけをしよう」と思われた。ある人気のないところにいよいよ決心をしておいでなられた。お侍のことですからいわば腹を切るそのすべは御承知である。
 まさにその、自分の腹に短刀をつきつけようとしたときにです、それこそ天の一括から声があった。「吉木栄蔵待て」というお言葉であった。これは自分が死ぬか生きるかという時であるから、自分の心の迷いであろうか、自分の耳を疑われながら、またつき立てようとするとまたお言葉があった。それからね、これは神様が自分が死ぬると言う事をお止めになるからにはというので、また、家に帰られた。もうそれは帰られたのを境であったということでございますよね。
 大変な難渋な病人が参ってくる。もう、目の前で助かっておる。まあそれからの福岡教会の御比礼というのは、もうあれよあれよというばかりであったと、いうことでございますね。そういう中からです、福岡の吉木栄蔵先生の御信心というものがです、どうしてそのようなところか、ら助かることになったかと。神様を信じて疑わないという気持ちは人一倍強かった。先生は金光教の御信心をなさる前にね、諸国行脚をなさりましてね、全国を色々修行してまわられたというほど先生なの。
 非常に祈念力の強いお方であったそうです。ですから、神や仏の実在はもう誰よりも詳しく知っておられたのであり、また、自分としてもそれを信じておられた。信じておられたからこそ、いうならば背水の陣を引いて、小倉から福岡の町に出られたのであります。ところが実際は自分が信じておると言う事が、もろくも崩れさろうとした時です、いわゆるもう死のうとまで、決心なさったという一心なんです。その一心がね次から次と、難儀な氏子が取次ぎ助けられていくという働きになった。
 だから私は思いますのに、傘一本で開けるということはね、神様を信じて疑わないというておる。みんなが。そこでですいよいよ、本当に信じておるかどうかと、神様があの手この手を持って、試して下さった時にです、そのお試しに私は合格した、私は人又はそういう信心を傘1本だと言う風に思うのです。神様の一分一厘間違いのない、働きをそこにはっきりと分からせて頂いた。分った様であったけれども、分かっていなかった。お互いがそうじゃない。
 はあ神様ちゃ有難い有難いといいよるけれども、本当に信じていない証拠にですね、ご理解の中にもあります。「金をつけば曲る竹や木は折れる、神を杖につけば楽じゃ」と仰る。ところがお互いが楽じゃないじゃないですかね。神を杖についておるようであってもついておらんから不安なのだ。ついておらんから心配になる。本当に神を杖についておれば楽じゃと仰る。神を杖についたら絶対に楽なんだね。金は曲がる木や竹は折れる。どれだけ億万の金を持っておってもです、使えばなくなる億万円でしょうね。
 どんなに地位があり、権力があり力があるというても、いわゆる木や竹では折れるのです。木とは自分の心と言う事になるでしょうね。いかに心が強いというてもです、それにはもう限度がある。神を杖につけば楽じゃその、杖につけれる神様をね、頂くと言う事なんだ。信心とは。今日は少し空模様が悪いから出かけるのに、傘を持って出ろうと傘を持って出た時には心が安心でしょう。いつ降ってもよか。ところがはあ、持ってくればよかった。これは今にも降りそうにある。
 よか着物どん着ておるならばはあこれが濡れるがと思うて心配になる。いつ降るじゃろうかと思うて心配になりよるね。たった傘一本持っておれば安心なのです。だから傘とはね、傘とはそういう意味合いは同じですけれども、傘一本と言うことじゃないのです。神様を信じて疑わないという傘なのです。安心という傘なのです。信じておると思うておったけれども、自分の芯がもろくも崩れたというのではなくて、そのたびその都度にです、いよいよ神様を確信することが、いよいよ強くなっていくところから。
 私は開けるのはお道の信心だと思う。これは先生方が布教に出られると言った様な事だけではない。お互いのおかげの上においても然りである。今朝私はご理解、今朝のご理解の中に今言う、傘一本で開ける道という事とね、上から下へ水を流すのはみやすいが、ね、下から上へ水を流すのだから、匹夫の凡夫であるから物事が難しい。しかも暇がいる。けれども、辛いことがあってもそこを辛抱して行っておるうちにはです、辛抱して行っておるうちにはおかげが受けられる。
 そこんところを久留米の初代はおっしゃっられましたね。「信心辛抱」。御本部でご修行中に神習をなさっておられた時は2代金光様がここにお座りになっておる、石橋先生はそこで神習しておられる。そしたら四神様が「石橋さん、石橋さん」と言うて呼ばれた。そして、こちらにまいられますとね、四神様が「あのなあ石橋さん、辛抱さえしておれば物事整わんことはないぞ」と仰る。いわゆる信心辛抱。「辛抱さえしておれば物事整わんことはないぞ」と。
 ところがお互い辛抱はしておるけれども、整わない事おびただしいという方はありはしませんか。もう合楽でも二十年になりますから、二十年も辛抱しよるばってんまだ、整うとらん、「はあ、50年も60年も辛抱しておるばってん整うとらん」。四神様が仰ったのはどこかというとです、いわゆる信心辛抱なのです。と言うて信心をしよります、拝みよりますという辛抱じゃつまらんちね。信心辛抱さえしとけりゃというて、ただ信心を止めずに何十年信心しておっても今日私が初めに申します。
 神の心が分からずして、神の心に添うという姿勢を作らずにして、何十年たったってこれはおかげを受けられんのであるね。神様のお声が思いが全部分からんならんと言う事じゃないですよ。少しでもいいのです。少しでも分からせて頂けばです、その分かったことを自分の行の上に現して行く。そういう信心辛抱でなからなければいけないというのであります。もう私は何十年参りよりますというのとは違う。
 食物訓に「食物は皆人の命の為に天地の神の作り与えたものぞ、何を食うにも飲むにもありがたく頂く心を忘れなよ」と御神訓下さっておる。金光様の御信心は私は本当にね、世界中のどこの隅々でもね、入っていけれるいわゆる普遍性、そういう、内容を持っておるのがお道の信心だと思う。例えばこの食物訓一つから考えても分かるです。食物は皆人の命のために作ってあるのです。だからね、命を大切にすることのために命を生かすことのためにお食物を頂かなければならんと言う事になるのです。
 ところがどうでしょう。食物を命のために頂かずに、胃を悪くしたり体を壊すことのために、もしその食物がぎょうしされるというなら、こんなご無礼なことはありませんよね。勿体無いなか勿体無いなか、もうそれは食べておこう、明日までにやると、明日まで置いとくとねままるけんで、もうこれは私が食べてしまうておこうというてから、はあ晩の夜中に腹せいてから、ちょいともんでくれんじゃろうか。命のために頂いておらんもん。こすかもんじゃけん、勿体無かけんち言うてそれはこすかっちゃん。
 だからそげん時には成程この食物のことはね、お詫びをさせて頂いてね、食物よりも命のほうが大事なのだから。相済みません、これだけのお粗末の事になりましたけれども、食べ過ぎよってまた胃どん悪くなるといけませんから、すみませんけれどもと、それは捨てるなら捨てたがよい。隣近所にまで、配ってから隣近所のものまで、はらせくちゅうことになって、だから食物訓でもね、頂き損ねて、そういうね、私が今申しますような頂き方をしないとです、これは世界中の氏子に広まっていかん。
 私は長い間中華民国ですね。支那におりましたがね、支那人あたりに今のごたる風に言うならばもう絶対に金光様の信心はしないでしょうね。支那料理なんか大きなテーブルもうね、こう(?)どうぞどうぞてどんどん食べる。そして次から次に出てくる。もう後はかつがつ引いて持っていきますね。ですからそういう例えばお皿をすすいで飲まんならんてん、食べんならんてんなんてんするならアメリカ人もできないでしょうね。レストラン当たりに行ってからね、皿ばこうしてねぶるごたる事をしなさい。
 もうそれが信心なら嫌ち言うでしょうもんね。只し命の為に頂かなければならんという事だったら誰だって分かるはず。食物を食べなくて生きておるものはいないから。これは天地の親神様が命のために下さったものぞと、命のために頂きなさいよとね、そうしてなるほど、命の為に頂かせて頂く、そういう尊いものであるから、その尊いもの又お粗末御無礼にしては相済まんと言う事が分かってくればまた別なのです。唯のこすかちゃなか。甘木の親先生なんかはもう、木の葉一枚だって粗末にしませんね。
 下駄もそこへん行ったらはきかえござった。横ずれする。タオルでんなんでん、もうあんまり絞ると絞りきってしまう。それでもうちょっと軽くされる、と言う様にして心を込められる。天地の親神様の御物として大事にされた。そこでです私はね、その天地の親神様の御物をそのようにしてその精神が分かって大切にする事は有り難い。そこでね私はねこれは本当に世界中の氏子にです、お道の信心が分かってもらいたい金光様が言うて下さってある、「おかげは和賀心にある」というその和賀心時代がです。
 私は世界中に顕現されていく時代がこなければ世界の真の平和は臨めないと私は思う。それは千年も万年も先になるかもしれん、けれどもこの願いだけはたてておかなければならない。和賀心になれば自分だけが楽にじゃなく、和賀心にはおかげが伴うのだもん。いわゆる和らぎ喜ぶ心には人間の幸せの一切の物が、健康も金も物も全てがこの和賀心に集まってくるのですから、私は和賀心学という学問ができてそれが、世界中のいわば義務教育というものになったらそれは出来る出来んは別として。
 和賀心にならなければ人間の本当の幸福にはありえないのだという根本的なところを分からせて頂くだけでもです、世界中にこれは布教していかなければならない、教えていかなければならないと私は思う。ですから私自身が、和賀心にならせて頂いて、和賀心になればこのようなおかげが頂けれるんだという一つ商品見本を作らなければいかん。で、私だけだと、「はあ大坪さんはふがよかった」と人が言うからね、この頃もある人が言いましたよ。「はあ大坪さんあんた不がよかったですね」ち。
 ほんに私は腑がよかったです。ここ土地買うてから二三年したらもう何倍かなりましたからね。腑がよかった。ところが腑がよいのがこのように整うていくだろうか。一時が万事にね。けれどもです、素人は大坪さんが腑がよかったというから、私が同じ事いわば私が頂いておる心、私が頂いておる信心、私が頂いておるおかげを皆さんが頂いて下さると言うことがこれを見て下さいこれが見本です、というて、世界の市場にも出せれるようになってくるのです。
 だから皆さんが本気で和賀心に取り組まなければいけん。いかにすればその和賀心が頂けるか、いかにすればその和賀心がいつも心の中に感じとれておるかと言う事です。今日皆さん御直会におかげの泉を、御直会に差し上げております。それには非常にその事が詳しく書いておりますから、繰り返し読んで下さい。私共が目指す所はどこ迄もです「神がここに生まれると言う事はこの方の事を生神、生神というがこの方ばかりが生き神ではない。皆がこの様なおかげが受けられる」と教祖様が言うておって下さる。
 だから私共もその生神様を目指しての信心でなからなければならない。それはどう言う様な事かというと、髭をこう生やしてなんかしたりするやらち言うような、雲やら霞やらを食べておるちいうのじゃない神様は。私共がね本気でその和賀心にならせて頂く事の工夫やら練りだしやら、また和賀心にならせて頂く事を願わせて頂く信心を私はいうのだと思います。今度学院に参ります、熊本の支部長をしておりました山田と言う人が只今ここで、学院に行く前に一生懸命修行をしております。
 御結界のご奉仕なんかも合間合間にしてもらう。で私は申しました。山田さんどうですか、御結界奉仕はきつかですか、と。有り難うして有り難うして感動のし続けでございますち。御結界というところはそんなところじゃもんね。本当にありがとうしてありがとうして声になって言葉が出てこんほどに感動し続けでございますと。けれども、山田さんこれは誰しもがね、一編はそこんところを考えてみる。御結界に座らせてもらう、始めの間はご神前の奉仕なんか言われると身がちぢむごたるというです
 。ここに神様を感じるから。ところが一年もしよると平気でもうエプロンがけでなんでん中さへ入っていこうとする。だから今、山田さんがここで御結界奉仕をしておるのは、まだ、日が短いからありがとうして有り難うしてと言う事ですけれども、それは束の間に消えるんだと。けれどもね、その例えば有難い勿体無いというのは嘘ではない。だからそれをね、例えばそういう一つの和賀心の芽といおうか、喜びの芽が出るのですから、その喜びの芽を伸ばしていくという信心。
 それを育てて行くと言う信心がなされなければならん。これは私は二十年間体験しておる事は合楽に1週間続けて参ったら、人相が変わりますね。何か知らん、こわばった意地の悪そうな顔がですね、だんだんほころびてくるです。緩やかになってくるです何か安心しきったごたる、馬鹿のごたる顔になるです。ところが一時しよるとこれがまたもとの事になってしまう。それを育てないから。せっかく喜びの芽は出るけれども、それを摘み取ってしまう。それを踏みにじってしまう。
 そこでここでは和賀心を頂かせてもらい、その和賀心を育てさせて頂く事の為にはどういう信心をさせて頂いたらよいかどういう修行をさせて頂いたらよいだろうかとここでそういう稽古をさせて頂いている訳であります。そのような信心を段々繰り返させて頂いておるうちに和賀心が段々定着されていく。本当なものになっていく。いわゆる神様を信じて疑わない信心。神様はね、私共がどうでもおかげを頂きたい大きなおかげを頂きたいというて願うとね、本当に神様はね本気になって。
 きなおかげを下さろうとする働きが始まるのです。ところがねその本気で神様が大きなおかげを下さろうとするその働きをです、働きと感じ切らなかったら駄目なんです。今日、ここにお参りになっておりますが熊本の日奈久と言う教会長先生が今日は参っておられます。日田の出社の又出社の先生です。もうそれこそ体はもうそれこそ体全体が病気してこれ以上生きておられんくらいな、その、体の弱りよう。
 何年間奥さんもお道の教師の資格を取っておられて、布教に出られたけれども、ぱっとしたごひれいも頂けれず、長年の間布教所時代を過ごされる。偶々椛目時代に椛目の話を聞かれて椛目に御神縁を頂いたのが初めて。そして、まあ夫婦の方が移り変わりお参りをさせて頂いてはお願いをされる。そうした何年かが続きましたです。あるもう十二月も押し迫って。今まで借りておられた家をもう、さぎりもぎりにその出てくれと言う事である。それこそ御夫婦で涙ながらにお届をされる。
 それこそ借金しておるわけでもなし、その家賃がとどこおっておるわけでもないのに、とにかくもうさあもうというてそのみえる。大家さんが。そこでその事のお願いにみえられましてから、私神様にそのことをお届けさせて頂きました。そしたらね神様から、雪の生態、実は顕微鏡で見ると幾何学模様のようになっておるわけね。例えばようこうレース編みのようなそれは実に見事な天地の親神様のお受けになったものです。
 ただチラチラ降っておる雪でも、それを顕微鏡で見ますともうそれこそ手の込んだいわば、形がその一点一点の中にある。その雪を私は頂くのです。その顕微鏡で眺めたようなところを頂くのです。それで「これは先生、大家が冷たいというあなたは思いよるけれども、雪のごと冷たいと思いよる。やぁやぁ言うもんじゃけん。冷たいと思いよるけれども、これはもう、天地の親神様がね、それこそ手の込んだ、日奈久教会を教会たらしめようと、難儀な氏子が取次ぎ助けられていくことのための力を。
 与えて下さろうとする、神様の働きに間違いないのですから、そのことにお礼を申し上げていかなければいけません。」と申し上げたことでした。ここんところです。先ほど親先生のことを申し上げた時に、申しましたように、お湿りが有り難いならまた、お日照りもまたありがたいのぞとそれこそ、撫でたり摩ったりするような心も親心なら、また場合によっては、千尋の谷に蹴落とさんばかりのです、働きをなさるのもやはり、神様の思いの中にあるのだと言う事。
 富永先生はなんと冷たい大家であろうかと思われたけれども、実をいうたら、神様が手の込んだ手の込んだそれこそ、いつまでも布教所ではいけん、いつまでも、これでは人は助からん、どうでも人が助かってくれることのために、お前が力を受けなければならない。ためにはその、不平を思うておる不足を思うておる、どうしてこんなに冷たい人であろうかというのをです、これこそ神様の御手として頂き、神様のお心として頂いて有難く受けていかなければいけませんよと、言う事がその様な事になってきた。
 ところがどうですか、今おかげを頂かれて教会の設立にもなりましたが、現在頂いておられるお家はそれこそ、初めから教会のお家に作ったお家であろうかと、言う様なお家が見つかった。しかも日奈久の町の一番目抜きであるけれども、ちょっと入っておるから実に閑静な静かなところであったというのである。私はねこういう時にです、どうして大家は冷たい人じゃろうかと、言う事でおかげを頂ききらんだけではなくてね、相手を恨んで自分の心まで、腐ってしまう。
 おかげを頂かれんでしまえてしまうような事はなかろうか。いわゆる神様の思いが分からないとです、それはお道の教師、しかもご夫婦で金光様の先生にならなれたのだからもうそれは、一通りの熱心さではない信心をしておられるけれども、ただ焦点を間違えてです、熱心であるというだけではおかげにならんと言うこと。はっきりとした焦点がそこに出来てきて、それに向かって進んでいくという姿勢をつくらなければいけない。さあそれから日奈久の教会になったらそれから。
 先月からね毎日毎日五六人ずつの求信者がある。私それを聞いて驚いた。今まではそれこそ、長年の間布教所で長く過ごされた教会にです、毎日毎日新しい信者がね、五人六人ずつ求信者です。いわゆる信心を求めてくる人たちがある。ところが先日のお参りの時でした。先生これはおかげを落としました。あれだけおかげを頂きよったのがピタッと止まってしもうたち。(?)ちーとおかげを頂くと、もう本当に自分の知恵力であるごと思うて、まあでもなかったろうけれども。
 どこにかそういう慢心が出たところに神様はそのように間違いのない働きを下さることの上にも間違いがないなら、またお気付けの上にも間違いのない働きを頂いてまた、新たな信心に燃え立っておられるわけであります。金光様のご信心はなるほど、上から下へ水を流すように難しい。しかも匹夫の凡人であるから、凡夫であるから出来ないと言われるけれども、頂くところが頂けれたら、傘一本で開ける道なのである。しかもそれは上から下へ水を流すように、スムーズにおかげが頂けてくるのである。
 そういう例はここの信者の中に幾人もあります。はあ、本当にあそこのところをよう通ったねと、そこを通り抜かせて頂いた人達の上にです、それこそ難しかったいわばそのおかげがです、反対に下から上ではなくて、上から下へ水を流すようなおかげのいわゆるお恵みを受けて日々ありがたい勿体無いという生活をしておる人たちがあります。だからやはり、通るところをとおらなければならんということになるわけですね。神様の思いが分かりたい、神様の願いが分かりたい。
 そこで私共はね、いわばお話を頂かせて頂いた上にも頂かせて頂いて、それを行の上に現していく。現わしていくところからそこに神を頂く事が出来る。生きた神を頂く事ができる。お道の信心をさせて、皆がいいますよね。神われと共にあり。これはもう、神われと共にありだと、心配要るまいけど心配をしよる。それでもやっぱ難儀しよる。神様は共にござろうけれども神様を現わす事ができんでござる。そうでしょう。神われと共にあり、素晴らしい事を言う。
 けれども神その神様はそれこそ、一切の人間の幸福の自由自在の、鍵を握ってござる神様をともにしてござるのならば、まちっとくらい増しなおかげを頂かなければならんじゃない。けれどもそれは観念的に言うておるだけでありますから、その神様を現わしきらんでおるのです。その神様を現わしていくことの為に、信心修行がいるのである。その神様を本当に、神様がなるほど一分一厘間違いない働きを、下さる事を心の中に実感させて頂く信心なのです。その為の修行である。
 その為のお参りでなからなければなりません。金光様のご信心は繰り返し申しました。神様の願いが分かる。神の思いが分からなければその、思いが分からせて頂くそれは思いに沿うていかなければおかげになりません。只今御本部では皆さんも今度の御大祭にお参りになってご承知でございましょうが、あのように大きなお広前が建立されておる今その、過程であります。そこでお互いが御用をさせてもらわなければならん。みんなの真心でその結集が有難いものが建立されることになりますのですね。
 神様の願いをお応えすることになるのです。けれどもね、御用すれば助かると言う様な考え方で、御用をなさったのではだめです。御用をすれば助かる、御用をすれば助かるち、まるきり取り手の役人のごと言う人がありますよね。御用御用ちそうじゃないです。その御用をさせて貰わなければおられない心なのである。神様の心が分かって心にお応え奉る事が御用でなからにゃいかん。けれどもその御用でもさせてもらう例えばなら、お金をお供えさせて頂くというかね。
 それはやっぱあの、それでおかげを頂きますよね。それは私共の過去においてです、その教会があのように豪勢であった。あそこの総代であった幹部だったという方たちが大変な御用が出来た。なるほどおかげを頂きござった。けれどもその初代が先代がなくなったら、しばらく今どこにござるか分からん信者が沢山あるです。金光様のご信者の中で。だから、なるほど御用でおかげを頂いても、御用で徳は受けられない。力は受けられないなと私は思います。
 今日は( ? )若先生にご挨拶だけでもさして頂きたいと思いましたけれども(?)だから今日は私がまあ御説教のおかげを頂きました。先ほど若先生がお話させて頂きよると、私のあれはどうもめぐりじゃろうと思いました。本当に子供は親の事をべた誉め。親は子供を馬鹿のごと誉めますよね。それも私が妹どん誉めるときにはほんなこて、観音様のごとして誉める。そればってん一つも自分の兄弟や子供をですね。
 人前ですね本当にべた褒めに人の前でね、はばからずに誉められると言う事ほど、幸せな事はないと私は思うのですよね。先日も丁度若婦人会があっておりました。椛目の中島さんて言うかたが来てから、いろいろ話をしておった。たまたま妹の話が出ておる。今郵便局に勤めておる。何のことじゃったでしょうか。その話になりましたらね、その今中島さんというかたもその、トマトケチャップに出ておられますよね。カゴメ今日はそちらに参りましたら、ある女工さんがですね。
 今日は朝から夫婦喧嘩してからもう腹がたってから、もう今日は止めようかと思うたばってんね、もうとにかくまあそんなわけにいかんから、もう腹のモヤモヤしながら、そのやはり上の方からですね、下っていきよった。そしたら、何時も会う椛目のお方と言う話じゃがあの人と道をすれ違う時におはようございますと仰った。おはようございますと言うた途端に中島さん、心の中がですね、スキッとしたけんねというて仰った話をしておる。私は共は本当に生神様を見習わなきゃいかん。
 観音様を目指さなければならん。自分の心にいつも喜びがなからなければならん。その喜びいっぱいのものがおやようございますというて、相手が夫婦喧嘩してモヤモヤしておるとまでもようなる。これは私じゃなく、中島さんの話ですけれどもね。今日は長男が初めて式服を着させて頂いた。実にかんながらな事であれを頂きました。丁度四五日前にもうまだ勿体無いけれども、結婚いたしますから私は言いよりました。
 今度は結婚する時には装束でね、紋付袴じゃなくて装束をつけて、ですればよかろうと思いましたから、神様がちゃんとその、先を見越してござるですね。送って参りました。で今度はあれを着せて頂いた。長女が里帰りをして参りましてからあの舞を神様に奉納させて頂く事が出来ました。今度学院に参ります娘が太鼓の御用を頂いておる。二番目の息子が笛の御用をさせて頂いておる。
 今二番目の娘は学院に在学中。もう本当にどうせなければならん、こうしたらいいぞといわんでもですもうそれこそ、親の願い以上に子供達が自由自在に神様がお使いくださってこの様なおかげを頂いております。ですから自然私がね親の自慢、兄弟自慢子供自慢になりますけれどもです、皆さんとてもやっぱりです、これはあんまりその自慢もいけませんばってんですね、自慢せにゃおられないち。程しのおかげを頂くと言う事は私はそれは取りも直さず、金光様の信心を頂いておるおかげであると思います。
 どうぞ一つ信心をするなら何というても家庭に不和のなきが元と仰せられるのですから、家族のものが勢を揃えてしかも、勢を揃えて信心するその信心が同じ焦点に向かってそれは小学校もあれば、中学校もそれは信心の段階がそれぞれなのでございましょうけれども、向かう焦点のところだけは間違いがない。天地の親神様の心が分かっておるその天地の親神様の心に添い奉れるとるする姿勢を持ってです、勢をそろえた信心であり、それをもって久留米の初代が頂かれた。
 それをもっての辛抱でなからなければ、何事も成就するという事にならないと言う風に私は思います。これはどこまでも私の信心、私の信心の展開を申し上げたのですからね、けれどもまあいうならば、私はある意味での、皆さんの場合は一つの見本である手本なんですから、どうぞそういうおかげを頂いて皆さんが頂くおかげを私は世界の市場に引っさげて出せれるようなおかげを頂く、世界真の平和に貢献させて頂きたい。世界総氏子の助かりにいよいよ寄与させて頂きたいと願うのであります。
   どうぞ。